井上 誠一郎 氏
アリエル・ネットワークは、ロータスの元日本人社員が中心になって2001年に設立された企業だ。自社開発のP2Pアプリケーション基盤をベースとして開発した製品として、2002年9月にグループウェアの「アリエル・エアワン」、そして2004年4月にはプロジェクト管理の「プロジェクトA」を提供開始した。アリエル・エアワンではIPv6にも対応している。Notesを生み出したレイ・オジー氏のアイリス・アソシエイツでNotes関連の開発に携わっていた経験も持つ同社チーフアーキテクト、井上誠一郎氏に、ビジネスP2PとIPv6について聞いた。
場所や組織を越えるために
編集部:アリエル・ネットワークは、P2Pグループウェアをやるために作られた企業なのですか?
井上:P2Pソフトウェアだけということはありません。しかし、最初で最大の製品であることはたしかです。P2P技術を進めることが目的でもありません。P2Pはあくまでも手段で、空気のように使えるアプリケーションを提供していきたいというのが企業としてのビジョンです。編集部:「P2Pでグループウェア」と聞いても、中央にサーバがなくてはデータがいつ消失するか分からないという不安を抱く人もいると思いますが、P2Pグループウェアを推進してきた背景には何があるのでしょう?
井上:P2Pではクライアントサーバだと難しかったものがやりやすくなることは事実です。まずはサーバを立てる必要がなく、導入が容易でコストも低いということが第1のポイントになります。しかしサーバが要らないということは、従来のアプリケーションではサーバを管理する人がいてその配下でしか使えなかったのが、ボトムアップ(草の根)的に展開できるようになることも意味しています。つまり、場所や会社、組織を超えたコミュニティが即座につくれるわけで、このほうが大きな利点だと言えます。たとえば大学、研究機関などでは、いろいろな場所にキャンパスや研究所が分散しています。こうした環境で、臨機応変に情報共有をしたいと思っても、従来のクライアントサーバ方式では、誰がサーバを管理するかを決めなければならず、面倒なことになります。これに対して、P2Pであれば、管理者がいなくてもユーザ同士でのグループコミュニケーションができます。特に組織を超えた利用では、IPv6のほうがやりやすいと考えています。このあたりは、P2PとIPv6の親和性が高い部分だと考えています。
編集部:ファイル交換ソフトWinnyの開発者が逮捕されたことで、P2PやIPv6の普及に悪影響が出る可能性があると思いますが、どうお考えですか。
井上:技術的な部分で言えば、この件ではP2Pというより匿名性が問題視されているのだと思います。匿名性がいいか悪いかはひとまず置いておくとしても、この2つは次元の違う問題です。アリエルの製品では、確実なユーザ認証の上でP2Pアプリケーションを利用できる環境を提供しています。この点さえはっきりさせておけば、P2PやIPv6の未来に対してネガティブなことは起こらないと思います。
編集部:では、より一般的に言って、P2Pという考え方は今後、企業ITでどういう役割を果たすようになっていくと思いますか?
井上:P2Pがクライアントサーバを置き換えていくといった、威勢のいい話をする人もいるかもしれません。しかし、技術者の立場から言えば、両方は補完しあうものだと思っています。サーバのほうで集中管理するほうがいいデータもあるし、わざわざサーバにアップせずに直接やりとりするほうがいいデータもあります。その辺はデータや利用場面によって使い分けていくことになると思います。
編集部:今後、提供していきたい機能としてはどのようなものがありますか?
井上:ビデオ電話のような機能を検討しています。あとは特定の業務分野に特化したソリューションに力を入れています。たとえば同じファイル転送を使うにしても、転送されるデータが医療関連の大容量データであるといった場合です。こういうものをサーバベースでやっても容量的に利用しにくいという問題があります。医療データではプライバシーの問題もありますし。
編集部:ビデオ電話は現状ではあまり使われていませんが、今後どうなると思いますか?
井上:いずれ、使えるものが出てくれば使われるようになると思います。Windowsに標準でついていないため、デフォルトですぐには使えないことも大きいのかもしれません(笑)。我々としては、マイクロソフトを待つことなく、ビデオ電話の機能を提供していきたいと考えています。
編集部:P2P環境では、互いを容易に見つけられるようにするランデブーの仕組みが必要ですが、どのように対処していますか?
井上:インターネット上で、P2Pで互いのリソースを発見する仕組みは、我々の技術の中核とも言えるもので、アプリケーションの基盤として使っているアリエル・フレームワークに含まれています。アリエル・フレームワークでは、ノード間のP2P通信がどこまで利用可能であるかに応じて、通信方式を変えることができるようになっています。2つの組織にまたがって利用している場合、双方向とも直接にセッションが張れなければ、互いのネットワークに設定した中継ノードを経由するなどが可能です。このフレームワークをSDKとして提供し、他社のアプリケーション開発を促進するプログラムも展開しています。
編集部:SDKとしてあえて外部にも提供しようと思った理由は何でしょうか?
井上:いろいろなところからいいアイデアを出してもらえるかなと思っています。P2Pの開発基盤としてはJXTAなどがありますが、企業でちゃんと使えそうな環境はあまりないと思います。アリエル・フレームワークはプラットフォーム独立な構造にしています。たとえばWindowsだとマイクロソフト待ちになるような場面でも、いろいろなところから新しいアプリケーションが出てくる可能性があります。
編集部:発見プロセスの自動化を進めていくと管理性が失われるという二律背反の問題もありますね。
井上:そのあたりははっきりと認識していますし、現在この2つを両立できるような機能を開発しています。近い将来に提供できると思います。
現在のNAT環境は窮屈すぎる
編集部:IPv6対応については初期から考えていましたか?
井上:3年前に最初にアリエル・エアワンをつくった時点では考えていませんでした。しかし、簡単にできるし、おもしろいと思ってやりました。やってみると、プログラムよりも検証環境作りのほうが面倒でした。プロトコル非依存なプログラミングをしていたので、ローカルIPアドレスの取得などといった細かいところを除けば、対応作業自体は簡単でした。現状では、IPv6環境の検証をしたいときにちゃんと動くアプリケーションが少ないので、かなり使ってもらっています。編集部:ソフトウェア開発者として、IPv6の意義をどう考えていますか?
井上:プログラマーとしてはIPv6だけになってほしいと思います。現状でP2Pアプリをつくるうえで、一番面倒なのがNATを越える部分です。プログラマーとしての立場から言うと、そういう問題がなくなってほしいのが本音です。プログラムが簡単になり、そうなると品質も上がるからです。グローバルなアドレスを自由に使えれば、インターネットの世界はある意味では昔のようになると思いますし、そういう風になっていってほしいなという希望はあります。NATは窮屈なので。
編集部:一方、グローバルに端末に到達できてしまうと、IPv6かどうかに関係なく、端末のセキュリティの問題がありますが。
井上:より上のレイヤでユーザ認証や通信の暗号化が行なえます。ポートをふさぐといった形での守り方は個人的にはあまり好きではありません。ネットワークが自由になると可能性が広まります。レイヤが下になってくるとそれだけジェネリックになるので難しいということもあります。
編集部:PCのアプリケーションでIPv6化が進むきっかけは何でしょう?
井上:P2Pアプリが普及するのは1つのきっかけになると思います。P2Pという言葉が誤解されやすいなら、セキュアな分散環境、あるいはGridといってもいいと思いますが。IPv6については、インフラはできているので、これからはアプリケーション開発者のわれわれがやるべき時代だと思います。
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