山口英 氏(奈良先端科学技術大学院大学 / 内閣官房情報セキュリティー補佐官)<後編>
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意識を「ユーザ主体」に転換し、ユーザ自身による需要の表現を助ける
── ラベル付けによる問題は情報通信システム全体で見受けられると思います。
山口 企業活動に情報システムが与える影響は大きくなっています。システムの問題は大抵の企業で経営を直撃するほど重要です。にもかかわらず、相変わらず「システムは技術屋が理解していればいい」という認識が、経営者にも現場にも、あるいは監査をする外部の人間にも存在していると思います。それこそ最近話題の「内部統制」にしても、当初は「IT統制は別に気にしなくてもいい」という程度の認識だったのに、情報システムと企業活動の実態が分かりはじめて、インテグリティ・マネジメントの必要性が問われ、急に危機感が広がった、という経緯がありますね。
「技術は技術屋、会計監査は会計監査屋」というように、自らの役割をラベリングし、それ以外のドメインを捨象するというやり方では、おそらく向こう3-4年の間に立ち行かなくなると思いますし、すでにあちこちで混乱が生じ始めているのが現実でしょう。こうした場面では、従来の情報システムやネットワークの作り方、あるいは要件のハンドリングの方法とは異なるアプローチが求められます。その意味で、いわゆる技術屋や制度屋と言われる人たちの峻別がまた始まるし、すでに起きつつあるのだとも思います。
ただ、できる人が残ればいい、というのではありません。おそらくこの変化への対応に失敗すると、より大きな社会的損失が生じるでしょう。それは必ず回避すべきですし、それゆえにネットワークにせよ情報システムにせよ、相手のコンテクストの中で「ネットワークとは何か」を語らなければなりません。その意味で技術者は社会の中で孤立してはいけないのだと思いますし、孤立しないためにも「ユーザ主体」の意識を持つことが必要です。おそらくそうしたロジック転換(サプライサイドからユーザサイドへ)の方が簡単で、かつ社会的要請に応えることにもなるでしょう。
── 一方でユーザ自身も、「自分が何を求めているのか」という需要表現ができていないことがままあります。あるいは自分の需要を分かっていても、それとは別のロジック(たとえば企業内なら上司の顔色など)が働くなど、意思決定の構造はとても複雑ですね。
山口 確かにそうです。特にインフラ化してくると、ユーザは自身の要求を技術の言葉では何も語らなくなります。エンドコンシューマはその極致でしょう。ところが製品の性能仕様は、エンドコンシューマではなく極端な利用をするイノベータのような人たちが規定している。それが必要だったり理想的だったりすることもありますが、ユーザの層や規模が広がる局面では、やはり全体がきちんとうまく動くメカニズムやそのための仕様決定が必要です。それが基盤化の正体だと思います。
ユーザ自身も需要表現しきれないもう一つの理由は、情報通信機器のインフラ化によっておそらく当のユーザ自身の行動規範が大きく変化していることにあると思います。たとえば「道路とクルマ」の出現も私たちの生活スタイルをかなり変えましたが、あえて言うと「時間と距離を短縮した」という程度だと言うこともできます。しかし情報通信システムは、ものの考え方や問題の解き方、仕事の仕方など、より人間の日常活動の本質的な部分を劇的に変えつつある。
これくらいの大きな変化は、ひょっとすると文字の誕生による時空間を越えた「知見の伝達性」というくらいのインパクトがあるのかもしれない。だとすると、少なくとも近代においては誰もそんなことを経験していませんね。その意味で歴史や経験に直接的に学ぶことができにくい分、これから起きていく変化はものすごく大きいのではないか、とも思います。それこそアルビン・トフラーが「第3の波」で主張していた(といっても彼が今日を見通せていたかは分かりませんが)ような、量から質へのパワー転換、あるいはその転換スピードの高速化など、様々な「予想外の大変化」が生じるのではないかと思います。
必要なイノベーションは技術だけにとどまらない
── そうした大変化がイノベーション興隆につながっているのでしょうか?
山口 その変化の気配がイノベーションを起こす要因の一つなのは間違いないでしょう。しかも予想外のイノベーションも起きているはずです。ただここで言うイノベーションは技術に限った話ではありませんし、そう見ていたら間違いでしょう。技術だけでなく、人間の行動や経済活動に関連するイノベーションが様々に起きている。その意味では単なるパワーシフトのような話ではなく、やはり根本から何かが大きく変わっていると認識すべきだと思います。
その上で重要なのは、こうした感覚や理解を、単に夢のある話というだけでなくリアリティをもって論じていく必要性です。この1年くらいずっとそのことを考えて話をしているのですが、従来は共通部分の機能提供をするISPやSIerが主役だったのが、これからはユーザ自身が主役になる、という情報システムの作り方の変化の中で、従来のようにユーザも単にアウトソースしているだけでは意味がない(アウトソースにならない)はずです。
本当にアウトソースの効果を得るためには、自身がどのようなビジネス・ノウハウを有しているのか、それがどのように価値を生み出しているのかを考えなければなりません。一方、それを考えるのが面倒といってひたすら内製化すると、コスト高で企業の存続すら危うくなる。こうした問題を真剣に考えなければ生産性改善などできないし、それが達成できなければ世界的な競争に勝ち残ることはできない。そんな競争に参加したくないと言っても日本という国がすでにその中に組み込まれている以上拒否することは不可能です。こうした現実を認識した上で、何が必要なのかを考えなければいけないし、意味のあるイノベーションはそうした厳しい現状認識から生まれるのではないでしょうか。
── 人間が未経験な領域で、多様な手段が求められる。そんなイノベーション競争なのだとしたら、これをうまく進められれば、もしかしたら日本も勝てるかもしれません。
山口 そうだと思います。もちろん実際にはとても難しい。ただこればかりは、誰かに解いてもらうのではなく、自分で解かないといけない問題です。そのために何をしたらいいのか。どういうステップで進むべきなのか。一体だれが働くのか。こうした問題をすべて考えなければなりませんね。
こうした検討のヒントが、実はIPv6のこれまでの取り組みにあるのではないか、と思っています。IPv6の取り組みのすべてが成功しているわけではありませんが、次につながる萌芽はいくつかあると思います。たとえば新しいインフラをどう組むのか、どのようにアーキテクチャを作り替えていくのか。こういう検討や経験は実際なかなかできることではありません。この経験は活かすべきでしょう。
もちろんそれに加えて、前述したユーザ視点をどう織り込んでいくかが重要です。また道具立ても、たとえばIPv6というネットワーク層の話だけでなく、HTTPがアプリケーションプロトコルのデファクトとなった意味も考えるべきですし、またインターネットだけでなくたとえば回線交換網の終焉とNGNへのリプレイス等も視野に含めなければなりません。大事なのは、あらゆるところで起きている様々な動きを、単に表面の技術だけで追いかけるのではなく、それが何を実現し、どんな価値を守り、最大化するのか、を見据えながら試行錯誤することだと思います。
── たとえば企業にとって、価値を生み出し自身の存在意義を裏付ける「アセット」とは一体何か、あるいはそれと関連して自分が守るべきものは何かを考える。その上で、目的を達成する手段としてどんな技術を使えばいいのか、といった話ですね。
山口 情報セキュリティの場合は、実はこうした問題を相対的に語れるので、比較的説明しやすいのかもしれません。アセットに対して脅威は内にも外にも存在する際に、情報資産をいかに適切に運用・管理するか。こうした命題に落としやすいので議論はシンプルになります。ただその対象を企業活動全般に広げると、アセットとは何か、それをどう管理・運用するか、という議論はとても難解なはずです。アセットの状態一つ取ってみても、暗黙知の場合もあれば形式知の場合もある。あるいはアナログかデジタルか、プロセスに落ちているのかいないのか、等々。これを解ききるのはとても困難な作業でしょう。
逆に、ただ必要とされながら難しい分、これを解くことが次世代の情報通信システムの世界における成功の鍵といえるでしょう。たとえば、何がアセットかよく分からないからとりあえず全部守ろう、全部組み込もうと過剰な対策を施すと、コスト高や業務のロックを招きます。そうではなくて、そもそもの情報価値・情報資産を定義した上で必要な機能をどう組み込んでいくか、こういう発想が必要でしょう。
新しいチャレンジ、新しいスタイル
── 社会の変化によって生じている課題の具体例は何でしょうか?
山口 内閣官房の仕事をしていることもあって、今一番気になっているのは、行政システムの効率化とセキュリティの問題です。まず前提として、これまでの予想よりも早いペースで少子高齢化が進んでいます。だとすると行政活動の生産性改善には本腰で取り組まなければ、行政活動そのものが維持できなくなっていくはずです。コンピュータやネットワークが生産性向上に役立つ道具として世界的に認知されている以上、情報システム化は進めなければならない。ところがコンピュータに対するアレルギーというか、拒否反応が相変わらず強いのが実情です。
たとえば手塚治虫が『火の鳥・未来編』で描いたみたいなマザーコンピュータのような管理者としてのイメージ。根底に科学万能主義があるからこそ、ああいった畏怖を作り上げてしまうんだと思います。
これを解決する鍵は、ひとまずセキュリティだと思っています。セキュリティであれば、情報システムの是非や行政のあり方といった原則論で不要な衝突を招くことなく、具体論として課題にアプローチしていけることができる。そして実際に様々なソリューションを検討していくことができる。万能ではないにせよ、そういう切り口でもって現場を具体的に変えていくしかないと思っています。
── 似たようなことは、民間でも見受けられますね。 たとえばシステム監査などの場面で「目標や指針なき監査」が横行して現場や経営が混乱しているという場面を目にしますが、市場環境の変化に経営や監査がキャッチアップしきれていない印象を受けます。特にJ-SOX法対応関連で、今年から来年は相当混乱しそうです。
山口 行政でも同じなのですが、あえて強い言葉を用いると、そうしたことが起きるのも無知による失敗だと思い始めています。前述と同様ですが、あまりに自分自身のラベルにこだわりすぎて、他の選択肢や可能性、さらにいえば状況そのものが見えなくなってしまう。こうした失敗があちこちで起こり始めているのではないか、と懸念しています。
こうした失敗を避けるには、新たな視点や代替案を思いついた人が、それを発言し、議論していくことが必要なのだと思います。地道なことですが、私が内閣官房に飛び込んだのも、私自身に絶対的な知があるからというのではなく、とにかく別の視点を認識してもらうための議論の必要性を感じたからです。
これもやはり情報通信システムがインフラ化したことで起きている衝突だと思います。私たちの世代はそれをネットワーク技術で解こうとしていましたが、そうじゃない方向から解く人、新しい技術で解く人が出てくる可能性もあると思います。そしてそれこそが新しいチャレンジであり、新しいスタイルなのではないか、と思います。
私自身、自分にラベルを付けずにいろいろやってきたため、気がついたら内閣官房セキュリティ補佐官にまでなってしまいました。自分自身に、大学の先生だとか、○○の専門家だとかラベルを付けると楽ですよね。でも、自分にラベルを付けずに、きちんと問題を認識してそれを解かなければいけない段階なんです。内閣官房の仕事も、セキュリティについての問題を解かなければ、と考えていたらたどり着いてしまったわけです。
── そうした課題やその原因に気づいている方もチラホラと出てきている気配を感じます。
山口 そう思います。特にこの問題については、現場よりも経営層の方が強い問題意識を有している人が多いのではないかと思っています。おそらく、目の前の顧客や商流だけでなく、資本市場や労働市場など様々なステイクホルダーと接点をもつ中で、自らが置かれた環境の変化をより総合的に感じているのではないでしょうか。
一方で、現場だからこそ見える課題もあります。おそらく必要なのは、そうした課題が企業活動全体、さらにいえば市場全体においてどう位置づけられているのかを考えた上で、課題認識するということでしょう。こう考えると、情報通信分野も、単にこれまでの経緯や技術を見ているだけでは、何も問題解決できないし、そもそも問題把握すらできないかもしれません。
おそらく数年前までの「次世代インターネット」の議論には、そうした視点が欠けていたし、だから今日では陳腐化したのでしょう。その意味でこれからは、社会的な変化の潮流を認識しながら設計しなければならないものだと思います。それはとてもチャレンジングなことですが、それゆえに様々な可能性を秘めているはずですし、それを解ければ新たな開拓者になれるでしょう。私も引き続きチャレンジしたいと思っています。
僕たちはこれから、シングル・コンテクスト、シングル・ドクトリンでは解けない問題を解きはじめないといけません。次のビジョン、次のネットワークを考えたとき、それらは実はテクノロジーだけでは解けなくなってきているから、もっといろいろな英知の中で考える必要があります。そして、それを考え始める人たちが実際に出てきたから、また面白いことが起きるんじゃないかと思っています。
── ありがとうございました。
(終)




