【コラム】われわれは“ネットの父”を越えていかなければならない

【コラム】われわれは“ネットの父”を越えていかなければならない

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~ヴィント・サーフGoogle副社長記者会見を読み解く

黒坂達也

 ヴィント・サーフ氏の来日に際して行われた記者会見の翻訳作業を手伝いながらまず私が感じたのは、「元祖であることの尊さ」だった。

 たとえばパケット交換の構造について、サーフ氏はハガキのやりとりを例に説明した。このアナロジー自体は、インターネットの教科書をひもとけば必ず書かれている内容で、有り体に言って目新しいものではない。しかし会見での発言を丹念に聞いていると、なぜ同氏(とボブ・カーン氏)がそれを構想し、実装するに至ったか、すなわち「インターネットの設計思想」がおぼろげながら垣間見えた気がした。単なる技術的解説を超えた、インターネットを作った人にしか表現できない言葉の重みが、そこに感じられたのである。

 この例だけでなく、おそらくサーフ氏が当日語ったことには、単なる説明を超えた同氏の「思い」が込められているはずである。そこで一連の記者会見レポートの補足として、今回の作業を通じて私が感じたことから今回の記者会見の内容に補助線を引き、同氏が今何を見据えているのかを考えてみたい。

1.インターネットの普及

 まずサーフ氏はインターネットの普及状況について、ようやく世界中に通信基盤として広まり定着しつつある段階と考えている。文字にすると当たり前のようなことだが、NGNに対する「現状のインターネット・サービスですでに十分高品質ではないか」という反論をはじめ、同氏の発言からは、通信基盤としてのインターネットが多くの人々の信頼を勝ち得たこと、そしてそれが新たな産業や文化を生み出す基盤となっていることに対する自信がうかがえた。

 これをさらに敷衍すると、インターネットの思想が社会の中へ浸透し始めている、という認識をサーフ氏自身が深めていると受け取れる。具体的には、インターネットの特徴である階層構造の考え方が広く普及したことで、情報通信やそれに関連する様々な分野でサービスが水平分業化され、それぞれが自由な発想でサービスを提供することで、各産業やひいては社会全体の変革促進に大きな影響を与えている、ということである。

 確かに、たとえば放送業界やパッケージソフト産業の領域において、数年前までは想像もできなかったサービスがインターネットを駆使して提供され、それが瞬く間に世界を席巻し、業界に激震を与え続けている。最近テレビ広告で「詳しくは○○というキーワードを検索してください」あるいは「このコマーシャルの続きは次のWebサイトで」というインターネットへの誘導が急増しているが、これは広告メディアとしてのテレビの位置づけがインターネットの普及によって変容した身近な例と言えよう。

 また同様の事例はメディア産業だけでなく、エンタープライズ・ソリューションや音声通話をはじめとするコミュニケーション領域などでも起きている。しかもそれらは、単にサプライサイドの産業構造やビジネスモデルを調整するというだけでなく、エンドユーザーにとってのメディアやコミュニケーションのスタイルや生活の中での位置づけの変革を伴って起きている、ということに大きな意味がある。

 サーフ氏自身はこの現象を、サービス・オリエンテッド指向、あるいは顧客起点指向という視点で捉えていた。それは同氏が現在所属するGoogleのサービスコンセプトの解説に多くの時間が割かれており、またその中で「顧客がサービスを選択し、その起点となること」の重要性を再三説明していたことからもうかがうことができる。そして同氏は、ユーザーの利用スタイルの変容を伴っている以上、単なる一過性の現象ではなく正しく社会変革を起こしつつあること、またこの変革の方向や力強さが当分変わらないこと、さらにその中心にGoogleをはじめとするサービスプロバイダーが陣取っており、彼らがインターネットのさらなる興隆に資する、ドライバーとしての役割を担うという大きな可能性を感じているはずだ。

2.インターネットへの反発

 一方でサーフ氏は、インターネットは新たな課題を内包しており、またその課題が各界からの反発を招くきっかけとなっていることも指摘している。その具体例として同氏は「ネット中立性、NGN、個人情報保護」といったキーワードを(記者からの質問への返答という形ではあるが)挙げているが、これらはいずれもインターネットが既存の産業の枠組みに影響を与えた結果として既得権益者による抵抗を招いている。そしてこうした反発や軋轢は、日本においても看過できない課題となってきている。

 まずネット中立性について、サーフ氏は主に米国での係争について批判的に言及しつつ、一方でこうした議論が生じていない日本の現状を好意的に評価している。しかしネット中立性の議論そのものは生じていないにせよ、その前提となる課題はすでに顕在化しつつあるのは周知の事実であろう。たとえば、P2P型ファイル交換ソフトのトラフィックが全体の過半数を占め、その費用負担をISP事業者やファイル交換ソフトと関係のない圧倒的多数のユーザーが負担する、という構造のいびつさはすでによく知られている。また昨今の映像系コンテンツのトラフィックの拡大と、それに伴う回線および処理能力の増強を誰が担うべきかという議論は、最終的にインターネット・インフラを誰が作り維持するのか、という観点も含め、いよいよ日本でも政府を巻き込んだ業界全体の課題となりつつある。

 またNGNについても「ユーザーが本当にNGNスペックのサービスを求めているのか」と手厳しい意見を述べていた。確かにサービスがユーザー・オリエンテッド指向を強め、ユーザーが求めるものこそサービスとして提供されるべき、という考え方に立てば、サーフ氏の反駁は理解できる。またNGNは、すでに公表されているアーキテクチャ等から判断する限り、サービス全体におけるインフラの位置づけ自体を大きく変質させるものであり、アプリケーションに与える影響も大きいことから、その推進にはより慎重になるべき、という同氏のスタンスに共感を覚える向きも少なくないだろう。

 ただ一方で、エンジニアの確保等の人的問題も含め、通信事業者にとってインフラの抜本的更新が必要な時期を迎えている以上、NGNの開発そのものを否定するわけにはいかない。またその際、NGNのアーキテクチャが「通信業界の産業構造の変革」を潜在的に指向していることを踏まえると、たとえば水平分業による階層間の利益再分配の偏りをどのように考えるか、またインターネットと(役割分担を含め)どのように共存するか、という議論を避けて通ることはできない。このようにサーフ氏の指摘する課題は、すでに日本にとっても他人事ではないのである。

 またサーフ氏は、インターネット利用に関する国際的な不均衡が存在することに言及し、その是正の必要性についても述べている。たとえば同氏はいかにも「ギーク」らしく、DNSなどシステムの多言語化という技術的なアプローチへの粉骨を強調している。またIPv6のあり方にも関連して、ICANNのフレームワークの中でインターネットの利用機会の国際的な平等化を進めることの意義を示している。

 この国際化に関する議論(および個人情報保護)に関する議論から、「インターネットは政府機関から中立であるべき、インターネットの問題はインターネットの当事者によって解決すべき」というサーフ氏の主張がうかがえる。おそらくそれは、政府機関などの介入によってインターネットが政府間交渉の材料となってしまい、産業や文化を創造する基盤としての位置づけが失われてしまうことに対する懸念と同義なのだろう。

 ただ、インターネットがすでに社会全体にとって「あまりにも大きく重要な存在」になってしまったのも事実である。従ってこの点については、物理層も含めたインターネット・インフラの(再)構築・維持のあり方に関する抜本的な議論が喫緊に必要だ、という問題提起なのだと私は受け止めている。

3.逆境をバネにする

 インターネットが人々のライフスタイルを変え、ビジネスの変革を促し、新たな産業の勃興をもたらした。一方でインターネットの普及により、新たな課題が生じてきた。その課題に対し、従来のインターネットの当事者のみならず、インターネットとは異なる技術や視点からの提案がなされ、産業界のあちこちで、あるいは世界中で、様々な利害関係者を巻き込んだ複雑な議論が展開されはじめた。言葉は悪いかもしれないが、こうした状況はこれまでの「ナイーブな世界観」によって健やかに成長してきたインターネットがはじめて遭遇する、大きな壁なのかもしれない。

 この壁に対してどう立ち向かうべきか。同氏は、その問いかけに対してあまり明確な回答を示していない。その理由を私なりに推測すると、一つはサーフ氏自身がこの問いかけにチャレンジしている最中であるということが挙げられる。というのも同氏は、Googleに惹かれた理由として、若いエンジニアの活発な問いかけに対し自分自身が常に鍛錬を重ねなければならない環境であることを挙げている。これは言い換えれば同氏の「現役続行宣言」に他ならないし、実際にGoogleの世界観を広め、それに基づくサービスを強力に提供するため、かなり精力的に活動されているとも伝え聞く。

 一方、前述と矛盾するかもしれないが、もう一つの理由として、この壁はより若い世代がチャレンジし乗り越えていくべきだと考えているのかもしれない、とも考えられる。同氏は個人情報保護に関する質疑の中で「今日のユーザーが予想もしなかった使い方を未来のユーザーは易々と使いこなしていく、そんなサービスの進化を妨げる障害を今日の人々が設けてはならない」という趣旨の発言をしていた。これを言い換えれば、未来のサービス開拓は未来の世代(すなわち今日の若者)が担うべきだ、というメッセージとも受け取れる。

 ただいずれにせよ重要なことは、インターネットが直面した大きな壁に対し、サーフ氏がただ座して傍観しているのではなく、直接にせよ間接にせよ、積極的に克服しようとしていることである。すなわち、逆境があるならむしろそれをバネにして、インターネットをよりよいものにしていけばいい、という考え方である。

 実はこれと同じことを、サーフ氏と親しい村井純氏も、ちょうど先日開催されたJPCERT/CCのシンポジウムに於いて言及されていたのだが、これは決して偶然ではないはずだ。両氏に通底しているのは「どうすればインターネットをよりよいインフラにしていけるか」という意識であり、そのための技術・ビジネス両面で挑んでいくことこそインターネットの進むべき道なのだという示唆なのだと理解すべきだろう。

4.Googleとサーフ氏の挑戦、そしてIPv6

 そのような「インターネットの新たな挑戦」を推進する際に、Googleはそれを推進する役割を果たすことができるのか。もちろんサーフ氏自身はその可能性を感じているからこそGoogleに参加したのだろうし、Googleがその役割を果たすための優位な位置にいることも間違いない。ただ、状況はまだまだ不透明である。逆に言えばそれは、Google以外のプロバイダーやベンダ、もちろんIPv6関連の製品やサービスベンダにも様々なチャンスがある、ということだ。

 Googleが他の通信事業者やサービスプロバイダーに対して有する優位性は、大きく以下の3つに整理できると考えられる。

  • 世界中の優秀な開発者を集めることで得た圧倒的なエンジニアリングパワー
  • 広告モデルに特化しそれを洗練させることで得た強力なビジネスモデル
  • 10年近い運用経験に基づく圧倒的なデータ量とそのハンドリング能力

 また米国では、たとえばメディア産業において、通信事業者や放送局・制作会社と比較してCATV事業者が力を持ちすぎたことを是正する動きが顕在化しており、Googleはこれを特に米国での事業においては追い風としてうまくつかまえつつあるようにも見える。

 一方で、そもそもネットワーク上でのサービスの使い方に変化が見られる。たとえば、膨大なspamや、メールボックスの容量制限等で機能不全に陥りつつある電子メールよりもメッセンジャーのようなツールが好まれたり、SNSやビジネスブログの活用などに代表されるようにコミュニティ単位での情報管理が台頭するなど、情報の流通はパーソナライズ指向を強めている。もちろんGoogleもこうした動きには敏感に反応しており、実際サーフ氏も記者会見で「メッセンジャーやコラボレーションツールに注目している」と語っている。

 しかしこの領域はユーザーの利用経験も含めてまだ発展途上であること、またこのパーソナライズの指向性は本質的にサーバ・セントリック構造よりもエンド・トゥー・エンド構造の方が適していることなどを考えると、そこにこそGoogleやあるいはサーフ氏を出し抜いて、新しいアイディアを提案、実装していくことが十分可能な余地がある。

 サーフ氏自身も「IPv6はワクワクする技術だ」と述べているとおり、ネットワーク・サービスの指向性や潜在的なユーザー・ニーズがIPv6を必要とする方向に進んでいることは間違いない。だからこそ、その機会をただ待つのではなく、積極的に実装することで世界を切り開くことが重要だ……、私自身の解釈も多分に含まれてしまったが、サーフ氏が今回伝えようとしたメッセージは、こういうことだったのではないだろうか。

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