【インタビュー】なぜWindows VistaはIPv6に標準対応する必要があったのか?

【インタビュー】なぜWindows VistaはIPv6に標準対応する必要があったのか?

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~ウィンドウズ開発統括部 グループプログラムマネージャ 及川卓也氏に聞く

IPv6Style編集部
青山祐輔

 これまでIPv6StyleではWindows VistaのIPv6機能について何度も取り上げてきた。またVistaそのものについてだけでなく、Vistaが普及することによってネットワークにどんな影響が起こりうるか、といった情報も取り上げている。

 しかし、肝心のWindows VistaがなぜIPv6に標準対応する必要があったのかという、根本の部分はこれまできちんと伝えていなかった。

 そこで今回はマイクロソフト ディベロップメント株式会社 ウィンドウズ開発統括部 ウィンドウズプラットフォームグループのグループプログラムマネージャである及川卓也氏に、Windows VistaがIPv6に標準対応した理由、そしてマイクロソフトが考える未来のコンピューティング像についてお話をうかがった。

VistaがIPv6に標準対応した理由

《IPv6Style編集部》 -そもそもWindows Vistaには、どうしてIPv6が必要なんでしょうか?

《及川卓也氏》 「もともとWindows、およびマイクロソフトのねらうソフトウェアというのは、シームレスなコンピューティングというものを指向しています。

 シームレスなコンピューティングというのは、時と場所を限らずに、常時接続になっていて、ネットワークを介した色々なアプリケーションの動作が可能になるという、コンピューティング環境のことです。

 それを実現するためにはどうしてもグローバルな到達性を確保する必要があります。今までIPv4の場合には、どうしてもファイヤーウォールやNATが存在するためグローバルな到達性が阻害されている部分がありました。

 そこでVistaでは、IPv6のグローバルな到達性を利用することによってシームレスな、いつでもどこでも使えるようなネットワーク環境というものの実現を目指しています」

 -今までのIPv4では、マイクロソフトの考えるシームレスなコンピューティングは難しいと言うことですか?

「そうですね。これまではIPv4をどうにかして延命させようという努力があって、それがうまく機能している部分もあります。ただし、言葉は悪いですが、それらはどうしてもつぎはぎのパッチを当てた状態です。

 UPnPといったNATを越えてピア・ツー・ピア、エンド・ツー・エンドを実現にするテクノロジーは、どうしてもどこかにコストがかかっていたりして、完全なソリューションにはなり得ません。

 今後、ますますパソコン以外でもインターネットに接続するデバイスが増えてきて、複数のデバイスが同時にいろんなサービスを受ける場合、やっぱりUPnPにしろ他のソリューションにしろ、どうしてもそれが完全に機能しないという問題があって、やはり根本的な解決をするためにはIPv6がいるだろうと考えています」

 -そのためのVistaでのIPv6を標準対応ということなんですね。でも、現実にはまだまだIPv4が主流で、まだOSの標準仕様をIPv6にするには早くないですか?

「特に早いということはありません。オペレーティングシステムのライフサイクルは、数年から場合によっては10年近くになるわけです。したがってVistaのライフサイクルの中で、完全にIPv6に移行する時期が来ると考えています。

 当然のことですが、お客様の状況によって早いところもあれば遅いところもあると思います。しかし、早いお客様ならば、ここ数年でIPv6への移行を開始するところがでてくるでしょう。

 そのためにVistaがIPv6に対応しておく必要があるのです」

 -Windows XPでは、IPv4をオフにしてIPv6だけにするということはできませんが、Vistaの場合は逆に通常ではIPv6をオフにしてIPv4だけにするということができません。もし、IPv6でネットワークに問題があった場合はVistaではどうしたらよいのですか?

「IPv6を推進されている方はがっかりされてしまうと思いますけど、実はIPv6はオフに出来るんですよ。ただし、IPv6の場合はIPv4のように簡単にはできないんです。

 コマンドで「netshell interface ipv4 uninstall」とやりますと、IPv4を完全にアンインストールできますが、「IPv6 uninstall」というコマンドは動きません。

 ですが、Windowsには、ドメイン環境でクライアントを集中的に管理するグループポリシーという機能があって、その設定でIPv6の機能を無効にすることが出来ます」

 -イントラネットなどでトラブルが起きた場合を想定して、そのような仕様になっている?

「この方法は、われわれが推奨するやり方ではないんですけれども、おっしゃる通りに例えばイーサネットスイッチやルーターですとか、ネットワーク接続のプリンタ・コピー複合機などは、IPv6のパケットを受けた場合に変な挙動をおこすといった問題が起きる可能性があります。

 そういったことがあったときには、われわれとしてはそういった機器をメーカーに直して欲しいのですが、実際に対応できるまでの期間は、一時的にVistaのIPv6をオフにすることは出来るようにしています」

マイクロソフトにとってIPv6採用は自然な流れ

 -新しいオペレーティングシステムをIPv6に標準対応させるにあたって、マイクロソフトの社内でかなりいろいろな議論があったのではないかと推測されますが、実際にはどうだったんでしょうか?

「それはシアトルの本社に聞いたんですけど、あんまりなかったそうです(笑)」

 -ストレートにIPv6で行くと決まったんですか?

「そうです。マイクロソフトでは、新しいオペレーティングシステムを作るときには、まず「決まり事」を作るんです。今回のWindows Vistaは、Longhornというコードネームだったので「Longhorn Basics」って言われています。

 非常に巨大なOSですから、その各コンポーネントや、1個1個のソースコードを書く上で、どういうことを守らなければいけないのか、という教義みたいなものが書いてあるんです。ここで「IPv6に対応」ということが決められています。

 Longhorn Basicsは、全部で10~20項目くらいのもので、サマリー版ならば全部を打ち出してもレターサイズかA4サイズの紙1枚に収まります。ここで決められていることに関して大きな問題があった場合は、それが開発の大詰めの段階になっていたとしても必ず直すことになります。

 今のところは公開していないんですけど、別に公開してもまったく問題ない内容です。新しいOSを開発する上での極々一般的な項目で、今回はここに力を入れるということが分かるようになっています。

 IPv6以外の項目としては、シングルワールドワイドバイナリーといわれている、今回で初めて実現したバイナリレベルで全世界共通化があります。また、その実現のためにさらに必要になる、Unicode対応といった決まりが書かれています。

 それと同じように「IPv6対応」ということも決められています」

 -Longhorn BasicsにIPv6を入れようといいだしたのはどなたなんでしょうか? また、どういったプロセスを経て承認されたんですか?

「本社のネットワークのチームですね。ネットワークチームが自分たちから「IPv6をLonghorn Basicsに入れたい」ということを言いました。

 その理由は、世界各国の国家機関や政府の要望や、ネットワークベンダーやキャリアの方の意見を聞いた上でのことです。先ほど申し上げたとおりVistaのライフサイクルにおいて、IPv6の普及が見込まれるので、対応は絶対に必須だということです。

 Longhorn Basicsの承認は、当然ビル・ゲイツによるチェックも何回も入っていますし、幹部クラスの人間が完全に理解した上で、サポートを決めたという状況です」

 -実際のIPv6スタックの開発はどなたが担当されたんでしょうか?

「開発はWindows Vista本体もそうなんですが、やはり中心はレドモンドの本社の開発部隊です。

 ですが、検証についてはかなり日本が関わっています。実際にワールドワイドで見ても、IPv6の商用サービスがあって、その上で確認できるのって日本くらいしかないんですね。

 ですから、日本は検証や仕様を決めるところで、かなり貢献しています」

 -検証といえばベータ版の一般公開を行なっていますが、そこからのフィードバックはどのくらいありましたか?

「数は言えませんが、かなりあります。

 また、一般のベータテスターとは別に、共同開発に近い形をとっているパートナーの方が、日本にも何社かいます。その中の一つにIPv6をかなり積極的に推進されているところがありまして、そことはかなり密に組んで検証しています。

 それらのパートナー企業の方々が外に向けて行なっている、すべてのサービス品目で問題ないことを確認していただいたり、将来的に考えている新しいプランを確認していただいたり、ということを数社にお願いしています。

 一般のテクニカルベータからのフィードバックというは、たしかにIPv6に関しても多いのですけど、それだけではどうしてもカバーできないところがあるので、IPv6についてはパートナー企業としっかりと手を組んで検証しています」

IPv6の普及のためにマイクロソフトができること

 -先ほど、IPv6の商用サービスが普及しているのは日本くらい、というお話がありましたが、実際に世界的にはまだIPv6を使いたくても使えないところの方が多いです。そのような状況を変えていくために、マイクロソフトが貢献できることはなんでしょうか?

「とにかく啓蒙活動ですね。ひとつは、移行のためのテクノロジーがきちんとあるということを伝えることです。

 多くの方々はどうしても、IPv6はキャリアやプロバイダがIPv6サービスを提供していないと使えない、と思いがちですが、そんなことはないんです。

 マイクロソフト自身や他社が、移行テクノロジーを用意しているので、「IPv4ネットワークの上でIPv6も使えるようになっていますよ」とういうことをきちんと理解していただけるようにします。

 もうひとつは、アプリケーション開発者の方々にIPv4に依存した作りをしないようにしていただくことです。そのためにアドレスに依存せずに利用できるAPIを用意しています。

『今はIPv4でしか使わないかもしれないけど、それでもIPv4とIPv6の両方で使えるようにコードを直しておいてください。そうするとあなたの国でIPv6が使えるようになったときに、IPv6のメリットをすぐに享受することが出来ます』ということを開発者向けに啓蒙していきます」

 -なるほど。今のWindows上で動いているアプリをVistaで動かしたとき、IPv6でそのまま動くものはどのくらいあるんでしょうか?

「正直に言うとまだそんなにはないと思います。やはりソケットを利用するアプリケーションは、アドレス空間の変数や構造体が、どうしてもIPv4に依存したように作られてしまっているので、まだ直さなければいけないものが多いです。

 ただし、先ほどのマイクロソフトの社内で議論がなかったかっという話しに戻りますが、なぜ社内で反発がなかったのかというと、マイクロソフトのアプリケーションについては移行が簡単だったからなんですね。

 つまり、移行が難しいのはソケットを利用しているアプリケーションなんですが、マイクロソフトのアプリケーションは、ソケットをばりばり叩いているものは実はそんなに多くないんです。多くは上位層のAPIを使っているんですね。

 だから、たとえばHTTPを使ったり、ブラウザのコントロールを使ったりするものは、IPアドレスを直接どうにかするようなことはないんですね。

 したがって、あまりネットワークを意識しないけれど、ネットワーク対応になっているようなアプリケーションの多くは、上位層のAPIを使っているので、IPv6でもそのままでも動くんです。マイクロソフト社内では、あんまり反発がなかったっていうのは、そういう理由があります」

 -IPv6への対応はどうやって確認しているんですか?

「checkv4という移行のためのツールがあります。ソースコードを入力すると、ここがIPv4依存のコードだからこう書き直しなさいという指示をだしてくれるものです。

 また、社内ツールでもIPv6対応を確認できるものがあり、それを通さないとソースコードのチェックインが出来ないようになっています。これはIPv6だけじゃなくて、たとえばバッファオーバーフローなどのエラーもチェックするんですけど、それと同じレベルでIPv6への対応もチェックします。これを直さない限りVistaのソースコードはチェックインが出来ないんですね。

 さらに、チェックシートみたいなのを社内で利用しています。コンポーネントごとに何のテストをしたかというリストで、その中に「ピュアなIPv6環境でテストしたかどうか」っていうのが入っていますから、それがチェックできていない限りそのコンポーネントは出荷オーケーにはならないんですよ」

 -今のは開発者やエンドユーザーといった、マイクロソフトにとって直接の顧客に対しての活動ですが、それ以外でマイクロソフトがIPv6の普及のためにできることっていうのはあるでしょうか?

「パートナー企業の方と、かなり密に組んで活動しています。日本ではネットワーク機器ベンダーの方、キャリア、プロバイダなどですね。それらの方々と密に連絡を取り合っています。

 やはりIPv6のコア部分の標準が決まったとはいっても、まだ新しい規格がでてきたりしますし、またどういった機能を、どの時期に実装するのがいいかということは、マイクロソフトだけでは決められないので、パートナーの方々に意見を聞いています。

 ネットワーク製品は、仕様通りに、RFCの通りに作ったとしても、必ずしもつながらないところがあります。ですから、いろんな相互接続の検証イベント、例えばMoonv6などに積極的に参加して、いろんな方と相互接続の検証を行なっています」

マイクロソフトが考えるピア・ツー・ピアのメリット

 -IPv6でユーザーが受ける最大のメリットとはなんだとお考えですか?

「繰り返しになりますが、NATが介在しない場合の到達性、つまり完全なピア・ツー・ピアの実現という所になります。

 現在のピア・ツー・ピアのアプリケーションといわれているものの中身をよく見てみると、かなりいろんなことをやっています。ある手段で繋がらなかったら、次の手段を試し、それでもダメだったらさらに次の手段をと。ピア・ツー・ピアといいながら、実はサーバーを介するような形を取ったりしているものもあります。

 本当にさまざまな労力を重ねることで、ピア・ツー・ピアが成り立っているんですが、それをIPv6にすることで開発コストを下げることができます」

 -具体的にはどんなイメージなんですか?

 たとえば、何人かがここで会議するとします。マイクロソフトの社員以外の方が何人かいたというときには、残念ながら社内のネットワークにつないで、そこでメールのやりとりをしたり、ファイルのやりとりをしたり、プレゼンテーションを共有したりといったことができないじゃないですか。

 そういうときにVistaならば、ここだけでアドホックなネットワークを作ることができます。たとえば、IEEE 802.11の無線LANをアドホック設定していただいて、ここだけでネットワークを作り、そこでファイルを共有したりだとか、私がパワーポイントのスライドをめくっていくと、他のユーザーの画面上でもぺらぺらめくっていくようなことができます。

 つまりプロジェクターがなくても同じようにあるファイルを元に全員で共同作業が出来るというアプリケーションがVistaの中に標準で入っています」

 -及川さんご自身がウィンドウズ開発統括部のブログで、ピア・ツー・ピアに求められているものとして、リアルタイムコミュニケーション、コラボレーション、コンテンツ配信、分散処理の4つあるとブログでかかれていました。Vistaでは最初の3つに相当する具体的なアプリケーションがありますが、分散処理についてはどうなんでしょうか?

「まだ具体的に話せる段階のものはないです。グリッドコンピューティングみたいなものは社内でいくつもプランがありますが、そのなかでどれがIPv6でうまく動くかということを考えていく必要があります。

 ただ、分散処理に限らないことですが、マイクロソフトの立場はふたつあるんです。ひとつは、あるソリューションについて、マイクロソフトがソフトウェアベンダーとしてすべてのプロダクトを提供するというものです。

 だけど、一方で我々はプラットフォームベンダーでもあるんですね。プラットフォームより上のアプリケーション部分というのは、我々のパートナーや、ユーザー自身に作ってもらえるようにしたい。

 VistaではほとんどのコンポーネントがIPv6に対応になり、Windows以外のアプリケーションもIPv6対応になっていきますが、それでも足りない部分はいくつもあります。そういった所というのは、他社さんやパートナーの方々に作っていただきたいと思っています。

 先ほど挙げた4つの中で、特に分散処理っていうところは確かに具体的な姿が見えないところです。そういった部分というのは、ぜひアイデアを持った人たちにWindowsの上で作っていただきたいと思っています」

 -分散処理のひとつのソリューションとして、グリッドコンピューティングに対する期待が高まってきていると思うんですけど、実際にはどのくらい役立つものになると思いますか?

「これは非常に大きいと思いますね。

 ただそのためには、ユーザーの方だとか社会の受け入れる準備というのが必要になると思います。やはり、無料で行くのか、有料にするのかといった、ビジネスモデルを考えなければいけないと思います。

 例えば、私のリソースを一時的に貸すことに対して、どうやって対価を支払うのかという仕組みをつくるところから含め、どういったモデルが成功するかっていうことからまだまだ考えるところが多いと思うんですよ。

 それに、一時的とはいえ自分のリソースを他に貸すっていうことは、ひとつの会社の中みたいなセキュアなドメインの中以外でやったことがほとんどないですよね。SETI@homeみたいなものもありますが、あれは実際にはバッチ処理を行なっている、クライアントサーバー型ですよね。

 本当の意味で、それが広く展開されていくものになるためには、いろいろ越えなければならない壁が大きいと思います。ビジネス面の話しから、たとえばセキュリティについても考えなければならないですから、まだ時間がかかるんじゃないか思います」

 -グリッドコンピューティングは、エンドユーザーでももっと手軽に使えるようになるんでしょうか?

「パーソナルなところに落ちる前に、もう少しアカデミックなところで、いわゆるハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)みたいな分野で使い勝手がいいものができるのが先かもしれないですね」

 -どうもありがとうございました。

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